――――現役最高齢医師に聞く |
まもなく95歳になろうとする日野原重明氏は、聖路加国際病院を始めとする7つの財団の理事長を務める。90歳からはじめた遺伝子と老齢化と健康メカニズムの研究や、海外にまで広がりをみせる新老人運動を展開するなど、いまなお精力的に活躍する。 その一方で、130万部のミリオンセラーとなった『生きかた上手』(ユーリーグ)などの数多くの著作を通じて、医療人の立場から国民を広く啓蒙してきた。 日野原氏に「医療の問題点」や「看護教育」「医学教育」について、その持論をうかがった。 |
聖路加国際病院 | ||
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診断に時間をかけよ
――「患者のための医療」の確立が求められているなか、現在の医療の問題点はどのようなことだとお考えですか。
日野原 世界の医療のなかで日本の医療を見ていて私が感じることは、もっと医療を充実してほしいということです。その一方で、無駄な医療にお金を使わないようにすること、その両面が大事なこととしてあります。
無駄な医療のなかには、日本の患者は受診回数が多すぎることがあげられます。ことに慢性の生活習慣病のような場合、血圧は自分でみんな測れるし、糖尿病でも、インスリンを自分で注射し血糖値も測れるような状態ですから、医師の診察を受けなくても、電話だけの連絡で済むようなケースが多いと思うんです。お薬についても2週間分しか出さなかったのが、長期の療養を要するような甲状腺などの病気では3か月くらいは出すようになっている。生活習慣病でも2か月くらい出します。ですから、なるべく患者には自分で自分の健康をチェックすることを教えることが大事になっています。
いたずらに医療機関にかかる人が多いから、クリニックでも病院でも外来は患者があふれて待たされています。それが苦情になっていることが非常に多い。待たせるだけでなく、診察の時間は短くなって"3分診療"になっているわけです。
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――無駄な部分を削ると医療費も抑えられ、3分診療も解消されるということですね。
日野原 外国から日本の保険制度を視察に来た人たちは、いろいろな意味から保険制度を高く評価してくれます。国民皆保険ということで安定感もあるけれど、3分診療を見ると「あれは診察ではない」と言います。
米国でも保険診療の割合がずいぶん多くなってきましたが、それでも初診の患者は1人に30〜40分くらい、再診でも15〜20分かけています。日本は1時間でも、1分でも診察料は同じですから、収入を多くしようと思えば、なるべく顔だけを見て、あるいは検査だけをして診察しないことになる。最近は聴診器も当てないし、血圧も測らない人が多い。
1時間に20人診るとなると、30分で1人診るのと比べて10倍収入が違ってきます。これはどう考えても不合理です。時間をかけて病歴を聴き、診察をする行為に対して、もっとお金を出すような変革をしなければ、本当の診断はできないと、私は思います。
大事なのは「NBM」
会話を大切にした医療
――紹介患者の場合など、既に検査をしているのに同じ検査をすることがあります。
日野原 検査においては患者がレポートをもらい次の医師に言えば、そこでは検査をしなくてもいいわけです。それなのに収入になるからまた検査をする。それは、患者にとってもレントゲンの照射が多すぎることになってマイナスになります。紹介先等では、いままでのデータを利用するというような慣習にすることが必要です。その分の費用は診察料に上乗せして、診察に時間を取ることができるようにしないといけません。
――診察時間が短く、患者の話をあまり聞いてくれないという声もありますね。 日野原 だんだん医者が聴診器を使わないようになってきて、診察よりもエコーや心電図などで判断するようになり、会話がなくなってきています。患者と会話をすれば病気は聴き出せるのに、初めから検査に行くから無駄な検査が多くなるのです。 もっと時間を取って会話することが必要であり、それには診察費をたくさん取らなければならない。それでも無駄を削除して、全体では医療費が安くなる。そういう方向に向かわなければなりません。大事なのはNBM(narrative-based medicine)、会話を大切にした医療ですね。 ――人それぞれに物語があるというようなことですね。 日野原 そうですね。ただ、患者が上手に語るようにしないといけない。遠慮しているとだめです。 |
研修医も「そんなことを言わなかったからわからなかった」というが、それはその会話の仕方がまずいから聴き出せないのです。患者が「先生には全部言ってしまう」というのは、聞き出し方がうまいわけです。やっぱりコミュニケーションです。人間と人間なのですから。
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――そのほかの問題点としては、どのようなことがあげられますか。
日野原 プライマリケアを診るような病院が少ないことです。それに開業している医師は、大学病院で内視鏡や心臓カテーテルなどの専門的なことばかりを勉強しているので、開業すると、心臓病の人も来るし子どもも来るなかで、ほとんど経験がないから自信がない。それで手遅れになったり、あるいは無駄なことをしたりする。外国ではプライマリケアを勉強してから開業するのです。
そういう面から考えると、卒業した研修医が2年の間にもっと、プライマリケアを勉強しなければならない。そしてプライマリケアの専門家になる若い医師がもっと増えないと、医療は良くならないと思います。
日本の場合、昔のドイツ医学の流れが専門家指向だったため、そうなっているわけですが、専門家では狭い範囲しかわからなくて、専門分野を外れると見落としてしまうという意味から、開業には向かないのです。
いまは心臓専門医とか呼吸器や内分泌の専門医はあっても、プライマリケア専門医という制度は、まだありません。その制度をつくって、開業医はそれを受けるようにすれば、医療の質も上がると思うのです。
メディカルスクール構想で
教育制度を改革したい
日野原 私は、6年の医学校は能率があまりに悪いと思っています。日本の大学では、東大と京大だけが出席をとらないのです。あとはみんな出席をとる。
――そういう制度になると、学生の目的意識が変わってきますね。
日野原 日本の場合、本当に医者になりたくて医学部に通っているケースが少ない。だから、大学に入ってから学習態度が落ちるのです。
考えている新しい制度では、ほかの仕事をやめてから医学校に入り直すとか、少なくとも4年制の大学を出て、物事が判断できる状態になってから自分の費用で入るようなものです。いまは外国のレベルに比べて非常に低いレベルにありますから、制度を二本立てにしたほうがいいと思います。
――どちらの制度でも選択できるような道を開いておくということですね。
日野原 そうすると、6年制の医学校と、大学を出て4年制の医学校とで比べられます。おそらく後者のほうが、よい結果が得られるのではないでしょうか。
医師と看護師とで組んだ
開業形態のほうが効率的
――経営の観点からお聞きしますが、開業医も年々増えていて、ますます競争は厳しくなってきていますね。
日野原 競争が増しますから、それぞれ特色を出さないと患者は来なくなって、病院経営は難しくなっています。患者がどこの病院に行こうかとなったら、パソコンでホームページなどを見て決める。そういう一般の人が行きたい病院を選べるような時代ですから、医師は、よっぽどしっかりしないといけません。
私は、医師が2〜3人で一緒になって開業する形態よりも、1人の医師が2人の看護師と組んで開業したほうが効率はいいし、親切なケアができて、長続きすると思います。
医師が2〜3人で一緒にやると、はやる先生とはやらない先生が出てきて、収入を3等分すると不公平だということになってしまう。仲のいいときはいいけれど、だんだん差が出てくると……。
――近年では、在宅医療が注目されていますが、今後どんな展開をしていくのでしょうか。
日野原 在宅医療は、看護師に診断をして、治療が堂々とできるような資格を与えないと、見落としの危険があります。医師はほとんど訪問しませんから、往診して新しい余病が加わったとか、何か急変したということを振り分け・仕分けできる看護師が訪問看護師にならないと非常に危険なのです。
私は、米国のナースプラクティショナーの制度を日本でも取り入れることで解決できると考えています。ナースプラクティショナーは、内科的な病気をみんな診るんです。処方もして、診断もする。米国では医師の代診ができるようになっています。
高い能力がある看護師は
とても大きな戦力
日野原 私はいま、ナースプラクティショナーのような能力をつけさせるため、眼底の見方、聴診器の使い方等、いろいろなことをさせて看護師を訓練しています。
――いまは医師不足とも言われているわけですけれど。
日野原 ことに麻酔医や小児科の医師が不足しています。その要因は、小児科は収入が少ないからです。麻酔医が少ないのは麻酔をやろうという医師があまり多くないことに起因します。絶対数が少ないため、麻酔医は就職するときに給料が高いところへしか行かなくなり、相場が上がってくる。すると病院としては大きな影響を受けることになります。
米国では、8割は看護師が麻酔をしています。日本は、麻酔学会が「医師以外はしてはいけない」というからできない。その解決のためには、訓練をして安心してできるような専門看護師をつくることがいちばんだと思います。
麻酔医は指導する医師であって、現場で働くのは看護師で十分です。学会は自分の学会のことだけを考えないで、医療全体を考えて、そういうふうな訓練をした専門看護師ならば可能となる制度に切り替えないと、大きな問題だと思います。
「情熱」が元気の素
90歳から遺伝子研究
――日野原先生は、90歳を過ぎても現役で活躍されていらっしゃるわけですが、その秘訣というのは何だと思われますか。
日野原 あと5か月ほどで95歳になるんだけれど、寝るのは夜中の2時です。それまで原稿を書いたりしています。朝起きるのは6時半か7時、きょうは6時に起きました。だから、18時間働いて、4〜5時間しか寝ません。大学で講義をしたり、学会で講演をしたりで土日は休みがありません。講演のための移動中は、文章を書いたり、ゲラの校正をします。
朝食は3分くらいで、牛乳とジュースとオリーブオイル。お昼も牛乳とクッキーが2つくらいだから1〜2分で済む。夕食は野菜をたっぷりと、脂のない肉か魚、ごはんは半膳。そして運動はしませんから、1300kcalで十分なんです。こういう生活がずっと続いています。それは情熱を持って行っているから疲れないんです。
――そういうふうに働いているほうが、ずっとお元気でいられるということなんでしょうか。
日野原 やっぱり目標があって、やり甲斐があるから、達成感がある。本でも、非常に売れたりすると、もう1冊書こうという気持ちになるでしょう。だから、努力すればできるということで、ぼやっとすることはないし、楽しく仕事ができています。
それでいま、90歳から遺伝子の研究を始めました。病気はあっても元気な人で、75歳の人の遺伝子を調べて、毎年、人間ドックをしながら85歳まで健康追跡をする。何を食べているか、どういう趣味を持っているか、どういう社会活動を行っているか、どういう友だちや宗教を持っているかなどの生活習慣等のデータをコンピュータに全部入れていく。認知症、動脈硬化、糖尿病の遺伝子など、いろいろな遺伝子についても全部インプットして、85歳になったときにどうなるのかということを調べる。環境や食べもの、趣味、ボランティア活動等々、それらのどれがその人を健康に保たせているのかという因子分析ができる。いいレコメンデーションができるのではないかと思います。
どうも長寿のためにはカロリー摂取は少ないほうがいいという結論にいまはなっています。みんな食べ過ぎです。
まだまだこれからやりたいことがあります。やっぱりスピリット、からだはそれについて来るというわけです。ですから、若い人たちも情熱を持って取り組んでほしいと思います。
(平成18年4月3日/TKC医業経営情報2006年6月号より)
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